2011年02月24日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ26

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 26 of 31。

St Edmund's College

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ぱんから:
坂の途中にあるなり〜

歴史:1896年に設立された、graduate college(主に大学院生、学部生もいるけれど、mature students(社会人))です。16世紀に国教会以外の宗教の学生が締め出され、1871年にやっとまた戻ってこられるようになった後、カトリック信者の学生のコミュニティとして出来たのが原型だそうです。今はスポーツにも力を入れているようです。

印象:New Hallから坂道をくだっていく途中にあります。この坂は小さな道なのだけれど、Ring roadの一部のようなものなので、車の行き来が多いです。自転車で通るときはちょっと注意が必要でした。スポーツに力をいれているカレッジの一つで、ボートレースとか、ラグビーとか、選手の所属カレッジを注目していると、必ず名前が出てきます。
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2011年02月06日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ25

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 25 of 31。

New Hall(現Murray Edwards College)

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ぱんから:
ここが入り口かな?

歴史:
1954年に、3番目の女子学生のカレッジとして設立。今Darwinカレッジがあるところに当初は建っていたそうです。最近は嘉悦大学の教育文化センターがあるようで、休暇時期には若い日本の女子学生が多く見られることもありましたよ。帰国前に(2008年)、Dame Rosemary Murrayという、このカレッジの最初のプレジデントを記念して、名前がNew HallからMurray Edwards Collegeになると発表されました。

印象:
新しい建物がきれいに並んでいました。建設の際には、発掘調査も行われていたようです。それにしても女子学生が大学で今のように普通に勉強できるようになるまでには、いろいろ大変だったんだなと思います。

P.S.
ぱんから「中途半端なのもナンなので、ぼちぼち始めることにしました。どーもー。校正してくれる人がいないので、ちと心配ですが、よろしくお願いしやす。」
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2009年03月24日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ24

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 24 of 31。

Fizwilliam College

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ぱんから:
ここが入り口かな?

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ぱんから:
こっちも?

歴史:
もともと1869年にnon-collegiate institutionという、カレッジに所属する費用を払えない学部生のために作られた機関で、当時はFitzwilliam Museumの反対側にあったそうです。20世紀の半ばになると制度が緩和されカレッジに属しやすくなり、奨学金制度なども充実してきたため、この機関「Fitzwilliam House」(と呼ばれていたそうです)の必要性がなくなってきたため、1966年にFitzwilliam Collegeというカレッジとして新たなスタートをきったそうです。

印象:
Churchill Collegeの入り口のあるStorey's Way沿いにあります。最初の写真はこのStorey's Way側の入り口からの撮影です。この道を北へと進んでいくとHuntingdon Road(A1307)という大きな道路に突き当たりますが、それを東に折れて右手にも入り口がありました。それが2番目の写真です。道路がそちらのほうが大きいのと、カレッジ名が大きく書かれているのとに惑わされてこっちが正面かもとこちらも撮ってみました。どちら側にもPorters' lodge(守衛・管理人室)があるようなのでどちらも入り口ということにしちゃいます(笑)。

おまけ:
ここの撮影時にちょうど霰が舞ってきたのです。ちょっと前までお日様が輝いていたと思っても雨も霰も降るイギリスの天気、なつかしいです。
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2009年03月18日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ23

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 23 of 31。

Churchill College

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ぱんから:
まわりは静かでした。

歴史:
1959年にSir Winston Churchillに敬意を表して設立されたカレッジだそうです。過去に20人ものノーベル賞受賞者を出しているそうです。University of Cambridgeのなかで一番敷地が広いようです。

印象:
Robinson Collegeを後にしてGrange Roadを北に進み、Madingley Roadを西へいったところの北側に現れてきます。北側に入る道を進んでいくと右手にThe Crescentという半月型の道がみえますが、このカレッジの入り口はちょうど反対側です。とても静かなところでした。

おまけ:
2002年にBBCによって大規模に行われた100 Greatest Britons(偉大なイギリス人100人)の調査でSir Winston Churchillが1位に選ばれました。第二次世界大戦の印象はいまだに強いことを感じずに入られませんでした。当時の彼の発言等には我々を含む敵国人は人間じゃないというような、今で言えば差別発言も多々あったのですが、戦争のあったその時代においてのことだからそんなの関係ないって雰囲気でしたね。ちなみに2位はBrunelという産業革命時の有名なengineerでした。この時までnoboはこの人のことをお恥ずかしながら知りませんでしたが、彼は鉄道工事、蒸気船作成、橋やトンネルの建設などに広く貢献した人なのだそうです。
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2009年03月12日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ22

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 22 of 31。

Robinson College

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ぱんから:
赤レンガの建物だ

歴史:
Sir David Robinsonというentrepreneur(企業家・事業家)・philanthropist(慈善家)※からの多額の寄付金によって作られたUniversity of Cambridge内で一番新しいカレッジです。1981年に正式に開設されました。

※そんな言葉があるんですねぇ。

印象:
Clare HallとはHerschel Roadをはさんでお隣です。赤レンガの建物が魅力的なこのカレッジ、中庭にはLakeもあるのだとか。ここもNewnham Collegeのようにだれでも芝生の上を歩けるそうです。

おまけ:
Konnie Huqという元Blue Peter(イギリスBBCで50年も続いている子供番組)のTV presenterがここの出身だとか。そんな人しらな〜いと思っているあなた、2008年の北京五輪の聖火リレーで、ロンドンで抗議の男性に聖火を奪われそうになった女の人を覚えていますか?彼女です。
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2009年02月28日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ21

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 21 of 31。

Clare Hall

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ぱんから:
窓際にコックさん発見

歴史:
1966年にClare Collegeによって設立されたgraduate collegeです。研究者同士がその地位などに関わらずコミュニケーションしやすいようにという雰囲気に作られたカレッジだそうです。

印象:
Selwyn Collegeの前の通りを北へ少し行った左手にラグビー場があります。その北側です。日本からの研究者の方たちがよくこちらへ来られていたような気がします。自転車をとめてのぞいていたら、ちょうど食堂の窓のところでコックさんが働いていました。

おまけ:
ラグビー場には一度、Cambridge Univ. vs. Waseda Univ.の試合を観に行きました。あれは2003年だったかしら。とてもとても風の強い日で、ゲームも各チームsin bin行きの選手が出る荒れた試合だったように思います。体の大きさの違いはなんともいえませんでしたが、Wasedaの選手達も活躍していました。
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2009年02月22日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ20

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 20 of 31。

Selwyn College

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ぱんから:
さくら〜さくら〜♪

歴史:
George Augustus Selwynという初代のニュージーランド司教を偲んで1882年に設立されたカレッジだそうです。当時はこの辺りが大学の西端だったそうですが、現在はさらに西方へ敷地はのびています。

印象:
撮影の日(2008年4月)は、桜が満開でとてもきれいでした。また、この日は雨や霰もふる寒い日だったのですが、Selwyinの前では桜の花を照らし出すかのように太陽が顔を出してくれて、ぱんからくんも真っ白に光っています。Victorianの建物が印象的です。

おまけ:
我々が住んでいたおうちの大家さんがこのカレッジの卒業生でした。大家さんはかなりお年を召された方でしたが、とてもお元気な方。学生時代に戦争を経験され、ヨーロッパ戦線でノルマンディー作戦に参加したあと終戦間際に東南アジア方面に送られた兵隊さんの一人だったそうです。日本の無条件降伏後シンガポールに着いたそうですが、まだ武器を持った日本兵が港に大勢いてなかなか上陸出来なかったそうです。とてもステキで優しい方で、我々はとにかくあのときの戦争が終わったことに感謝です。でなければ、こんなステキな方とお会いできなかったでしょうからね。あのときの戦争についてまだまだ日本は気持ち的にも清算できていないところがあるのではないかと思います。悪かったと思う気持ちが自虐的歴史観と簡単にみなされてしまうのは悲しいこと。一方的な感情に振り回されずに事実だけを拾い出して、自分自身であの戦争についてどう思うかを考えた上でこれからの日本を見つけ出していくことも我々に必要な「Change」かと思います。
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2009年02月16日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ19

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 19 of 31。

Wolfson College

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ぱんから:
ひろいにゃ〜

歴史:
1965年に「University College」として設立されたのがこのカレッジ。1972年に今の名前に変わったそうです(Wolfson Foundationというところからの寄付等)。Most cosmopolitan collegeであるというのが売りだそうで、いろんな国からいろんな研究をする人々が集まっているそうです。

印象:
Sigdwick Avenueを通り、突き当りをさらに南西へいったところにあります。門から入り口までのまっすぐな道が広さを感じさせます。Cambridgeを一日観光するだけの人には少し遠いかも知れませんが、自転車で前まで行くだけならOKです。
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2009年02月10日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ18

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 18 of 31。

Newnham College

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ぱんから:
新しい感じだ

歴史:
1871年にHenry Sidgwickという人によって設立された女性だけのカレッジです。Cambridgeにおいて女性専用としては2つ目のカレッジとなります。女性も受けられる講義が始まったのが1870年で遠方から通わなければならない人のためにできた宿泊所がこの場所にあったそうです。

印象:
この地域はNewnhamといい、カレッジのある道路はSidgwick Avenueといいます。ほとんどの古いカレッジでは芝生の上はMaster(といっても院生ではなく、学寮長のこと)と同伴でなければ歩けないというしきたりがあるのですが、このカレッジでは誰でも歩いてよいらしいです。知らなかった〜。

おまけ:
女優のEmma Thompson、Miriam Margolyes(ハリポタの映画でProf. Sproutを演じている人)などがここの出身だとか。
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2009年01月29日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ17

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 17 of 31。

Emmanuel College

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ぱんから:
ふむふむ

歴史:
1584年にSir Walter MildmayというElizabeth I女王下におけるChancellor of the Exchequerだった人によって設立されました。元Dominican Orderのpriory(小修道院)だったところに作られたそうです。プロテスタントの説教者のための教育の場として作られ、今もTheology(神学)の学生、研究者などがいるそうです。女子の入学が許されるのは1979年からだとか。

印象:
Emmanuel Streetというバス乗り場になっている道路と大きな郵便局やRobert Sayle(現John Lewis)のあるSt. Andrews Streetという道路沿いにあるカレッジです。街中にあるけれど、やっぱり静かな感じです。

おまけ:
noboの通っていた会社はSt. Andrews Roadにあって、ここではなかったのですねぇ。StreetとRoadで場所が全然変わってしまうんですなぁ。(自転車で10分くらい離れています。)ははは。
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2009年01月25日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ16

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 16 of 31。

Christ's College

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ぱんから:
立派な入り口だ

歴史:
1473年にGod's-Houseという名でスタートしたのがこのカレッジの原型だそうです。当時は現在のKing's College Chapelの建っている所にあったのが、1448年に現在の場所に移動し1505年にKing Henry VIIのお母様Lady Margaret BeaufortによってChrist's Collegeとして再設立されたそうです。

印象:
街に買い物に行くと言えば中央図書館のあるLion Yardという商店街近辺でしたが、その向かいにあるカレッジです。2008年の春我々がちょうど帰国する直前にはそのすぐ近くのRobert Sayle(現John Lewis)というデパート(かな?)とくっついた場所に、「Grand Arcade」というさらに大きな商店街が出来上がったところでした。街中にあるとはいえ、立派な門構えのカレッジの前はなんとなくいつも静かな感じでした。学部生は少なく院生、研究生等々も充実しているカレッジだそうです。

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ぱんから:
Grand Arcadeだよーん
2008年4月撮影
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2009年01月21日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ15

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 15 of 31。

Sidney Sussex College

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ぱんから:
どどーん

歴史:
1596年にCountess of SussexのLady Frances Sidneyの遺言によって設立されたカレッジだそうです。Englandの王政をやめて共和制を一時的につくりあげたあのOliver Cromwellが属していたカレッジでもあったそうです。彼は後にWestminster Abbeyに埋葬されたけれどPosthumous execution(死後、死体を掘り出して行う処刑)にあい、ぼろぼろにされたその首は巡り巡ってこのカレッジのチャペルの下に埋葬されたということです。


印象:
街中のカレッジに住んでいる学生さんたち御用達のスーパーマーケットといえばおそらくSainsbury、その向かい側にあるわりと広い敷地がこのカレッジです。

おまけ:
Englandでさえ、共和制に移行した時期が短期間とはいえあったんだよなぁ。とOliver Cromwellの話を読むたびに考えちゃいます。日本にも第2次大戦後などにそんな動きがあってもよかったのではないかと思っちゃいます(移行がいいか悪いかは別として)。このご時世、「うちの予算をけずってもらっても構いませんよ」なんて一言でもあればもっと人間味があっていいかもしれないのにな。あ、公にコメントが出る前に宮内庁の検閲がはいっちゃうかな。削られる予算といえば、なぜ、防衛費をもっと削減はできないのでしょうね。世界でも屈指の費用をかけている立派な「軍隊」、反戦派の国民も多い中本当に必要なのでしょうかね。
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2008年12月19日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ14

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 14 of 31。

Jesus College

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ぱんから:
結構広そうだ

歴史:
1496年に設立されたました。St. MaryとSt. Radegundというnunneries(女子修道院)をカレッジにしたものだそうです。当時の建物がカレッジの中心としてまだ残っているそうです。我々の読んでいる中世Crime Fictionにはまだnunneryとして出てきています。スポーツがさかんなカレッジの一つだそうで、クリケット、ラグビー、サッカー、ホッケー、アメフト(も?)、スカッシュ、テニス、そしてクロケットのpitchやcourtが揃っているらしいです。もちろんボートもありです。

印象:
まだCity Centreから歩いて行っても疲れない(笑)距離のところにあります。中心街のお店の並ぶSidney StreetからRound Churchへ行く手前のところにあるJesus Laneをテクテク歩いたところ。River Cam(ケム川)のほうに続く裏にはJesus Greenと呼ばれる広い芝生の公園もあって落ち着きます。
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2008年10月30日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ13

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 13 of 31。

Magdalene College

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ぱんから:
きれいな前庭がございます

歴史:1428年に設立されていたBenedictine Hostelを1542年にCollege of St Mary Magdaleneとして再設立したのがこのカレッジの出発点だそうです。Benedictine(ベネディクト会の修道院が北部Fen地帯にあったそうで) MonksたちがCanon Lawを大学で学ぶために使っていたHostelだったということです。

印象:「モードリン」と発音するそうです(知らなかった)。Benedictine monksは黒い修道服を着ていたことから別名「Black Monks」と呼ばれたそうで、14世紀くらいはくら〜くくもってhazyな天気の多いCambridgeを黒い群れがこの辺りを歩いていたのかと思うとムムム。今はおしゃれなお店が立ち並ぶケム川にかかる橋のそばのリゾート地みたいな雰囲気を感じる辺り一体がこのカレッジだって気がします。
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2008年10月25日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ12

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 12 of 31。

St. John's College

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ぱんから:
でかい

歴史:1511年にLady Margaretという方により設立されたそうです。Cambridgeのなかで敷地面積は一番広いようです。所属メンバーの数も多いカレッジです。この場所には13世紀にはHospital of St Johnがあったそうです。

印象:
ケム川のパントツアーからはヴェニスの有名なあの橋から名前をとった「Bridge of Sighs」が見える辺り一帯がこのカレッジです。16世紀にQueen Elizabeth Iのchief advisorをしていたWilliam Cecil(4月に訪れたBurghley Houseを作った人です)もこのカレッジに居たそうですよ。荘厳な門構えと柵の間から見える広い芝生のお庭は見事です。
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2008年09月30日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ11

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 11 of 31。

Trinity College

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ぱんから:
ここがあのカレッジなのかぁ

歴史:
1546年にKing Henry VIIIによって設立されました。この王様はElizabeth Iのお父様で、6人もの妃をもったこと、離婚をするためにCatholic教会から破門され、Anglican Church(英国国教会)を作り上げたこと、妃達のなかには処刑された人もいることなどで有名なあの方です。しかし、hinoとnoboの愛読書Crime Fictionシリーズで、このカレッジにはさらに歴史があることを知りました。実は、1324年設立のMichaelhouseと、1317年設立・1337年再設立のKing's Hallという2つのすでに存在したカレッジをまとめることで作られたカレッジなのです。この2つのカレッジの他、7つのhostelsも一緒にされ、とても大きなカレッジとして出発することになったそうです。


印象:
現在でも、カレッジのポーターさん達はボウラーハットをかぶり、古風な感じです。Informationで予約できるWalking tourで運がよければこのカレッジの美しいThe Backsを歩くことができるかもしません。Newtonはここの出身です。2001年に大学図書館でNewton Manuscripts展示があり、noboはニュートンリングの実験ノートを見て感動しました。ついでですが、Charles皇太子もここの出身です。
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2008年09月09日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ10

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 10 of 31。

Trinity Hall

2008040711_trinityhall.jpg
ぱんから:
壁がドシンとあるのです

歴史:
1350年、黒死病のはやっていた中世にNorwichの司祭Bishop Batemanによって設立された、現存するカレッジの中で5番目に古いカレッジです。設立当時は研究者・学生が寝食するところを「Aula」または「Hall」といっており、その後、「Collegium」や「College」という名で呼ぶことが流行したために名前をHallからCollegeに変えるカレッジがあったそうですが、「Trinity College」というカレッジがすでにKing Henry VIIIによって作られていたためにそのままの名前で残っているそうです。

印象:
Senate Houseの北の細道Senate House Passageを通り突き当りを今度は右へ入ったところにあるカレッジです。MCR(Middle Common Room)と呼ばれるgraduateの人々が集うことのできる部屋は大学一なのだとか。入った事がないので分かりませんが。

おまけ:
女優のRachel Weiszはこのカレッジ出身です。
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2008年08月25日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ9

帰国前に。
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Clare College

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ぱんから:
桜がきれいでしたよ

歴史:
Peterhouseに次いで古いカレッジです。1326年の設立です。その後、貧窮した際にKing Edward Iの孫娘Lady Elizabeth de Clareという方からの寄付により持ち返したことによってそれまで「University Hall (the House of the University of Cambridge)」という名で呼ばれていたのが「Clare Hall」と変わったそうです。1856年に「Clare College」となり今日では「Clare Hall」というカレッジは別に作られています。

印象:
Senate Houseの北の細道Senate House Passageを通り突き当りを左へいったところにある小さなカレッジです。River Cam(ケム川)から(the Backs側)は見えるので、Puntingツアーなどでは必ず紹介されます。

おまけ:
ぱんからくんが廻ったこの日は、表玄関の前の庭にある桜の花がきれいに咲いていました。
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2008年08月11日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ8

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 8 of 31。

Gonville and Caius College

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ぱんから:
ゴンビル アンド ?

歴史:
1348年にEdmund GonvilleというTerrington(Norfolkの北西の町)の教区牧師(Rector)によって設立されました。hinoとnoboが呼んでいる中世の大学Crime Fictionシリーズには設立当初の名前Gonville Hallという名前で登場します。後1557年にDr John Caiusというカレッジ出身学生でFellow(大学の特別研究員)である人により拡張され再設立されたさいにその名前が付きました。「Caius」で「キーズ」と読みます。このJohn Caiusさんは元の名はJohn Keysというのだそうですが、イタリアに留学していたときに綴りをラテン語化し、読みはそのまま「キーズ」としたのだそうです。読めないよ〜。

印象:
King's ParadeがTrinity Streetに変わる、そして、Cambridgeのマーケット広場を見下ろすような塔を持つGreat St. Mary's ChurchからTrinity Streetへ向かうすぐのところに見える豪華な建物がこれです。

このカレッジとKing's Collegeの間の白い建物Senate Houseで学位授与式(Degree Congregation)が行われます。授与式は年に8回ほどあるようで、晴れることが多く気持ちのよい季節の5月に行う人が多いのでそのころの一土曜日にこのあたりに行くと、各カレッジから角帽をかぶったカレッジマスター(Cambridgeでは学位を授与される人は角帽はかぶらない)に引率されSenate Houseに入っていく黒いガウンを着た学生達を見かけることが出来るかもしれません。
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2008年08月04日

Cambridge - ぱんからくんの想ひ出のカレッジ7

帰国前に。
大学のカレッジめぐりをしてみようとぱんからくんが張り切ってお出かけしました。のVol. 7 of 31。

King's College

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ぱんから:
キングズカレッジだぁ

歴史:
1441年にEton College(イートン校)を設立したのと同じKing Henry VIによって設立されました。1865年まではEton出身者のためのカレッジだったといいます。King's Paradeの前にどんと広い敷地をとっていて、またその荘厳なチャペルは見物です。

印象:
ここのチャペルは建築上、石の天井が見ものであり、ルーベンスの絵もあり、毎年クリスマスイブにはカレッジと付属学校のChoir(少年合唱団)のキャロルがその中で歌われる模様がBBCで放送されます。クリスマスといえばの風物詩の一つです。King's Paradeから入る小さな道King's Laneのすぐ右のホールは、経済学者の間では大変有名な(んだそうです)Keynes(ケインズ)氏由来のKeynes Hallで、ミーティングルームとして使われています。Backsには広い庭がひろがります。

おまけ:
チャペルは、観光客にも公開されています。Tourist Informationで申し込めるツアーでも中に入ることができます。いつだったか、日本からいらしてた大学の先輩と一緒に観光をしたのですが、中に入るときチケット売り場で「大人2枚」と頼んだのに「いや〜どうみたって学生でしょ」と学生料金に。若く見える先輩に感謝(noboもそのころはLotteryを買うのに(16歳以上よ)身分証を見せろと言われていたころでした)。遠い昔よのぉ。
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